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[C39] 良い生き方

近藤雄生さんは自由で良い生き方してますね。
面白く読ませてもらいました。
でもこれだけ正確に書けるのも驚きです。

私も講演会の筆記でも抜け抜けです。
メモの文章の間を思い出しながら書いています。
だから自分の考えで穴埋めしています(笑う)

しかし雰囲気を人に伝えるのは大変ですね~
文章にすると良く分ります。
写真を入れるもの良いですね。
やはり直接聞く生きた言葉には敵いませんね。

  • 2010-10-13 08:14
  • 好漢医学林
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「遊牧」的生き方の発想術―旅をしながら暮らすこと、ライターとして生きること

5年間、夫婦で世界中を旅しながら、暮らす。
そんなことが本当に可能なのか?
誰もがそう思うだろうことを、実際にやってしまった人がいる。
先月出版された「遊牧夫婦」の著者の近藤雄生さんだ。

yubokuhuhu.jpg


彼は妻のモトコさんと共に世界中を旅しながら、時には就職し、時にはボランティアをしつつ、ノンフィクションライターとしてのキャリアを形成していった。

「一カ所に定住せず、各地を転々としながら暮らす」というノマディックな生き方を選ぶ若者が増える中、旅という生き方の中で「ライターになる」という夢を叶え、自分なりの働き方を創りだしてきた近藤さんに、その方法について聞いた。


IMG_6004.jpg


やりたいことを、ああだめだと思えるくらいやってみたい。

―最初に旅をしながらライターをやろうと思った理由はなんですか?

 長期で旅に出たいなと思ったのと、ライターになりたいなと思ったのはまた別の話なんですよ。本(「遊牧夫婦」)にも書きましたが、僕は実は吃音があって、それがけっこう自分の中で大きくて。高校時代にはそれが一番の悩みで、隠さなきゃいけないとずっと思っていた。話そうとすると、器官が硬直しちゃってしゃべれなくなっちゃう時があって。例えばマクドナルドでチーズバーガー買おうと思ってたのに、レジのところで急に「チーズ」の「チ」が言えなくなって、気がついたらてりやきバーガー買ってた、みたいな。自分だけならいいけど友達数人とマック行って、席をとって、追加で何か買ってくるときに「近藤、俺の分もマックナゲット8個買ってきて」って言われてんのにそこでナゲット16個買ってきちゃうわけにはいかないじゃないですか。それで、席を取る時も絶対に頼まれないポジションを確保するとか、隠すために涙ぐましい努力をしていて。他にも電話に出れないとか、色々あって。で、就職のことを考えたとき、会社に入ったら「電話出れません」じゃ通用しないじゃないですか。それでなんとか会社に入る以外で生計を立てる道を探していたんです。

 僕はもともと宇宙飛行士になりたいと思っていた。僕の学科からは、野口聡一さんとか土井さんとかの先輩宇宙飛行士が輩出されているので、あり得るコースではあったんです。でも、僕が宇宙飛行士になろうと思ったのは、自分が月に行ったら内面にどんな変化があるかを知りたかったわけで、エンジニアリングに興味があったわけじゃなかった。入る前に気づけよって感じだけど(笑)
 それで、サイエンスと、人間や社会、どちらも関わりのある仕事といえばサイエンスジャーナリストだな、と。で、東大の社会情報研究所に研究生として入って勉強しているうち、サイエンスじゃない事の方が面白くなって。卒業したときはもうすでにルポライターになる気でいた。やりたいことを、ああだめだと思えるくらいやってみたい。3年くらいやってみて、全然ダメだったら、諦めもついて、エンジニアの道にすっぱり行けるかな、と。そう思って、試しにやってみたら案外できちゃったんで(笑) 

 2002年から2003年までは、そうやってライターをしながら塾講師をやったりしてお金を貯めていました。
 一番最初に雑誌に掲載されたのは、日本を出る直前で、週刊フライデーに吃音矯正所のルポを載せてもらったんです。吃音矯正所の騙す側と騙される側の人間ドラマ、みたいな内容で、それは僕が一番感情移入できる、僕にしか書けないテーマだな、と思って。

 旅に出てからは、最初は記事を作っては売り込んでいました。まるまる完成品を持って行くんです。実績がないから完成品をいきなりメールして、写真とかも全部送って。意外と返事くれるところが多くて、たいてい一回目は載せてくれないんですけど、2回、3回と送っているうちに相手をしてくれるようになる。一回載ってしまえば次は「こんな企画どうですか」と持って行ける。けっこうちゃんと見てくれて、返事をくれるものなんです。で、いったん日本に帰国したときに編集者さんにお会いして、他の雑誌を紹介してもらったりとか。そういうやり方は全部自分で開拓していった。

逃げるからには、それなりにちゃんとやらねばって思ったんです。


―ライターとして独り立ちしないまま、旅に出る事に不安はなかったですか?

 それはやっぱりありましたね。どうしようって。でもやっぱり僕の場合、吃音があって、そのマイナスがあったからこそ、この道を選んだ。我慢してストレス溜めながら会社勤めするよりは、自分のやりたい道で、自由にライターやってるほうがまだマシかな、と。悪い言い方をすれば逃げだったんですね、就職から逃げた。もしそれがなかったら、とりあえず就職するかってなってたと思うんですよね。でも、逃げたとしてその先で自分で食っていかなきゃならない。だったら、逃げるからには、それなりにちゃんとやらねばって思ったんです。

 あと、学生時代にインドに行った時に、人間の生き方ってめちゃめちゃ多様だなと言うのを見て、でも日本人の旅行者って、3月に来て4月にだいたいみんな帰るじゃないですか。なんで皆こぞって4月に帰るんだろう、それって変じゃないか。そのへんの路上で寝てるインド人のおじいさんだって生きてるわけで、僕ら日本人も4月に帰らなくたって死ぬわけじゃないだろう。とじゃあ、もしかしたら数年旅することもできるんじゃないか、と。でも旅する代わりにお金は稼がなきゃいけないし、じゃあライターをやろう、って。

―ライターをやりたい気持ちが先だったわけですね。

 そうですね、そこはやっぱり「ライターをやる」っていうのが目的が大きかったです。旅をするための手段としてライターで金を稼ぐのではなく、旅自体がライターとしての修行期間と思っていたので。


仕事の「修業期間」としての旅


―仕事の修行期間としての「旅」という考え方はすごく面白いですね。

 そうですね。日本で経験のない状態で一からネタを探して対等に勝負するのは難しい。でも、東南アジアなら200万あれば3年くらい居られるし、技術はそこそこでも海外なら自分にしか書けないネタがたくさんできるわけだし、しかも旅が好きだったら旅楽しいし。可能性としては全然こっちのほうがいいんじゃないの?と思った。直感的に。

 取材のネタとしてはやはり東南アジア諸国の戦争の話が多かったです。東南アジアだとやっぱりそういう話も多いし、テーマとしてもキャッチーで日本でも取り上げられやすい。僕自身、4年生の時から中国人留学生と一緒に映像制作をやったりしていたので、やはり南京大虐殺についてとか、戦争責任とかについて敏感になっていたところもありました。そういうのちゃんと考えないとだめだなって。


IMG_6009.jpg


ライターという仕事の実際


―旅の途中、自分がライターとして記事を書く意義が分からない、というくだりが出てきますが、今は自分なりの意義が見つかったんですか?

 それね、大きく言うと今も悩んでます。俺、向いてるのかな?みたいな。旅を通して、ずっとそれはありましたね。自分が書くという意義がないと、フリーでやってるとどうしても、相手に「なんだお前」って言われたら「あ、すみません」ってなっちゃう。もっとなんか、自分が書く、という大義名分がないと自分の中で腑に落ちないし、もっと堂々と行けないんです。今でもそういうことがあって、緊張するんですよ。「話を聞く俺ってなんだろう」みたいな、自分じゃなくていいじゃん、みたいな。インタビューとかで相手の時間をとったりするのって、取材するってことにこんな意味があるんですっていうのがちゃんと言えないと、悪いじゃないですか。こういうことを必要以上に考えちゃって、弱気になる、だから伝えるってことに意味があるってことを考えなきゃいけないな、それなりに納得してゆかないといけないな、と。
 
 テーマは今もないんです。あえて言えば、物とか歴史より、人に興味がありますね。人物ノンフィクションをやりたいっていうのがあって、次は「若旦那(「湘南乃風」メンバー)」を主題に本を書こう、とは言っています。

―旅の専門のライターになる気はなかったんですね。

 僕、帰ってきたとき最初は全く旅のことを書くつもりはなかったんですよ。硬派なノンフィクションとかルポルタージュを書いていこうと思ってた。
 
 旅が終わったとき、とにかく仕事がしたいと思っていたんです。旅すること自体に疲れちゃった事もあって。ああ次もまた新しい文化ね、みたいな。それってすごく意味のないことだと思った。だから、腰をすえて仕事がしたいと思った。「日本で仕事をする」ということが自分にとって一番新鮮だったんです。日本ってやっぱりすごく特殊な文化だし、新しい旅先、みたいな感じですね。
 
 とは言えどうやって食べていこうかな、というのはあったし、最初は就職活動もしたんですよ。理系だし、IT系とかどうかなって思ったんですけど全然ダメで。職歴も、ボランティアしました、とかこんな雑誌に書きました、みたいなのばっかりになっちゃって、お前そんなのダメに決まってんだろ、って友達に言われて。まあ考えてみたら、東大出て30歳過ぎてるのに5年もふらふらしてました、みたいな男、あきらかに五月蝿そうじゃないですか(笑)こいつ、ぜってーガタガタうるさそうだしまたすぐどっか行っちゃいそうだな、みたいな。
 
 周りにも、旅をしていた5年間の経験を活かせ活かせって言われて、それで腹決まったっていうか。
今はライター業の他に、塾講師をやっているんです。中学生に数学を教えています。ノンフィクション作家でフルで生きていくのはすごく大変な気がして、自分も物書きだけで本当にやっていきたいのかわからないし。お金を稼ぐだけなら、何やってもいいわけじゃないですか、僕は今翻訳やったり、スキル活かして生活費を賄いながら、好きなことやってくほうがいいかな、みたいな。物書きはその中でも当然大きなウェイトを占めているんですが。


この5年間を、次の5年につなげるという意識が必要


―ライターという職業は、今出版不況でどんどん仕事が減っていて、厳しいと思うんですが、その先の展望はどう考えていらっしゃいますか。

 そうですね、確かに僕もそれは考えていて、ライターって仕事のシステム自体、「お金のこととかわかんないけどやらしてください!」「じゃあこれやってーハイ報酬ねー」みたいな感じで、おかしいよなと思うんですけど。なんで?みたいな。やりたいって人が多いからだと思うんですが、そこんとこちゃんとしないと質も悪くなってるし・・・。
 
 でも逆に、今って昔と比べたら、マルチタスクで稼ぎながら好きなことをやっていく事が可能じゃないですか。作家とかでもそういう人が多いでしょう?そっちのほうが逆に安定したり。そのいろんなことの中の一つにライターが位置していて、そういうスタイルが上手く行かせれば、そういう意味では逆に自由度が高いんじゃないかな、と。

―マルチタスクな働き方と並行して、現在、若者の間で「ノマド」的な生き方、定住せず色んな所で仕事を見つけて稼ぐという生き方が普及し始めていますが、その生き方について何かアドバイスはありますか?

 重要なのは自分のスキルが構築されるってことだと思っていて、5年やるならそれが5年分の何かになっていて、それが次の5年につながって行く、というのが必要じゃないかな、と思っています。職業に寄るけど、たとえば海外で現地採用でなんかやって・・・だと、若干下請け仕事になっちゃうし、とにかくなんでもやって生活費を稼げれば、ってやってても、生活自体が長い目で見たときにきつくなっちゃうだろうなあ、というのはある。だから、スキルをつけることをちゃんと意識しながらやっていけば、場所を問わずに生きて行ける。そういう時代なんじゃないかなと思っています。
 
 僕も、旅をしながら将来設計はむちゃくちゃ考えていました。この5年をどうやって活かすかなぁ、とか。その意識があれば大丈夫だと思いますよ。一つ目標を持って、現実的なものでなくても、そこに向かってやっていけば、ゴールがちょっと違っちゃってもその後に活きる何かしらのスキルが身について、大丈夫になっていくんじゃないかなって。これやりたいんだよ、というのがあれば大丈夫です。生きてゆくこと自体がそうですよね。


海外で暮らすと、まあ人生なんとかなるな、って思えて、冒険できる。


―実際、海外で働きながら旅をする方法はたくさんあるんですね。

 「遊牧夫婦」というタイトルには、「移動と定住、全て込みで旅だよ」という意味が込められています。海外を移動しながら、定住して働くのって、エネルギーはいると思いますが、やろうと思えばできちゃうんですね。例えば中国にいる知り合いの格闘家は、家を道場にして、日本人と西欧人の生徒を集めて英語日本語中国語で格闘技を教えたり、大会に出たりして、生計を立てている。彼は今、シンガポールで道場を開いてます。クンミンに住んでいる鍼灸師さんは、現地で鍼の資格を取って、カフェもやったりして優雅に暮らしています。そんなふうにスキルを活かして稼ぐ方法だったり、他にも、メキシコにいきなり行って輸入輸出業を始めちゃった人とかも、あとは、海外に住んでる人が個人バイヤーになるとか。

 こんなふうに、旅をしながら暮らすには色々な方法があります。その可能性を知ったら、精神的に楽になれる。まあ人生なんとかなるな、って思えて、冒険できるなって。

―今後、また旅に出る可能性も含めて「どんな風に生きたい」というのはあるんですか?

 僕の基本的な生き方のスタンスとしては、3年後どこで何をしているか分からない状態がいいんですけど(笑)ライターとしての仕事はウェイトを占めると思うんですが、どこに住んで何を書いてっていうのが分からない生き方がしたいなあ、と思って。今度は1年くらい子供つれて旅したいと思っているし。全てが漠然としていて、だからもっと、何を書くか以前の段階で悩んでいるんですが(笑)うん、わからないですね。生活が成り立ってればいいんじゃないかと思うんですが。

 やっぱりさ、海外行って、これだけいろんなスタンスで生きている人がいるのに自分だけ全く食えないってことはないだろ!って思いましたね。

―逆にそれって安心感ですよね。

 どっか行けば、まあ食っていけるよな、って。それで、本当の意味での不安はないかなって。不安定さを楽しめなかったらこういう生活はできないですけど、海外での不安って、まぁまぁまぁってところ、あるじゃないですか(笑)だから、僕の実感としてはホントになんとかなるな、と。僕の旅は、吃音というマイナスなとこから出発したんですが、最後にはこんなふうに思えたので、ホント、旅にはマイナスをプラスにする可能性があるな、というのが、僕の実感です。


 
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小野美由紀

Author:小野美由紀
こちらにブログ移行しました→http://onomiyuki.com/

慶應大学仏文学科2010卒。
学生時代は「深夜特急」に憧れ世界一周22カ国等海外でフラフラ。一番の思い出はスペイン巡礼。
NPOカタリバ学生職員、道塾を経、現在はフリーライター。
「まれびとハウス」でのんびり料理する日々。
WEBサイトのライティングや仏語翻訳も請負います。
いつか巡礼について読み物を書きたいと思っています。

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